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日経エンタ連載 特別編 vol.73

 

これは7月9日ジャニーさんが亡くなった日の翌日、光一さんからの申し出によって、すでに取材を終えていた別テーマの記事に替えてインタビューをやり直した記事。

ページ数もこれまでの2ページから4ページに増やしての「特別編」となっています。

 

光一さんが発表した「SMGO」

また事務所から発表された各タレントの「コメント」

よりも詳しく、その時の様子や、光一さんの心境などが語られていて、饒舌に自分のことを語らない光一さんが、「インタビュー」を受ける形で、いろいろ話してくれたんだなあ、とまず思ったのでした。

と同時に、ジャニーズのタレント、というかジャニーさんの「息子」のひとりとして、公の「堂本光一」として、こうした「記録」にもなる一文を残しておくべきだ、と思ったのだろうな、とも思いました。

 

このあたりは、舞台の座長を務める光一さんの、ある種の「責任感」というのか、明らかにできることはしておく、という姿勢の表れでもあると思いましたし、この記事中で、中居くんのジャニーさんへの「愛」に触れているあたりに、光一さんならではの姿勢を感じたりもしたのでした。

 

「病院に夕方行って朝までいる」時間があって、良かった、と思いましたし、これがもしも舞台中であれば、そうはいかず、光一さんの気持ちも違ったものになっていたでしょう。

「ジャニーさんとふたりきり」の時もあり、十分な時間を持てたことは、光一さんにとって幸せだったでしょうし、他の人たちもそうだったでしょう。

 

光一さんの言葉を通して知る「ジャニーさん」は、やはり凄い人だったのだと思います。

また、「なんで事務所の代表が出てこないんだ」という指摘に対する、光一さんの『違和感のなさ』という部分を読んで、なるほど、こういう感覚なのか、と思ったりもしました。

 

「ユー最悪だよ」

「ユーやばいよ」

この二つの言葉が一番思い起こされると光一さんは言っていますね。

やばい方は私生活の面でよく言われたそうですが、なんでしょう??

 

光一さんの中でジャニーさんは生きている

だから悲しくないし、「お別れ」する必要もないのかな、とも言ってますね。

 

F1の、シューマッハとセナのエピソードを絡めて、

シューマッハはセナの記録をすべて塗り替えた時に「涙した」と。

『その意味では一生ジャニーさんの死を認められないのかもしれない、だって、ジャニーさんを超えるのは不可能だから』と光一さんは言っています。

これがいい意味での「トラウマ」だと。

 

・・・・光一さんの7月10日の思いですね。

 

この時の光一さんの思いを、このように語って残してくれたのはとても嬉しいことです。

光一さん自身にとっても、ファンにとっても、大事に残しておきたい言葉ばかりだと思います。

 

キャップのジャニーさんが写りこんでいる写真もあって、「保存版」として残しておきたい一冊です。

 

 

ちょっと気になったのが「今月のメモ」

「音楽の日」では、

『ボクの背中には羽根がある』を歌いたかったそうで。

でも差し替えが間に合わないと、言われたとか。

調べてみるとこの日歌われたのは。

『永遠のBLOODS』『フラワー』『Hey!みんな元気かい?』の3曲。

 

 

7月10日の光一さんの「SMGO」で、

「この羽根を大事にこれからも育てていきたい」と綴った光一さん。

「この羽根で羽ばたかせていただいた」とも。

 

光一さんは歌いたかったでしょうね。

 

・・・・でも、その羽根を大事に育ててきたのは光一さんですから。

その羽根でもっと高く、もっと遠くへ、飛翔してほしいと私は願っています。

葉月

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葉月

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