覚え書き

「僕の背中には羽根がある」

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なんとなく「眺めていた」ツイートに、吉田拓郎さんのラジオの話があって、そこでKinKiで一番好きな歌の話題になり、拓郎さんは「フラワー」が好きなのだけれども光一さんから『僕の背中には羽根がある』が一番好きだというメールがきたのでそれにした、とおっしゃっていたそうで。

 

光一さんが一番好きなKinKiの曲って、どこかで発言していた記憶がなかったので、となると、やはりジャニーさんが亡くなってからこの曲になったのかなと思ったのでした。

私の無知のためにこの前提がそもそも間違いだという可能性もあるのですが、光一さんのジャニーさん追悼の言葉に「羽根を与えてくださったのはジャニーさん」という一節があったので、光一さん自身の思いに近いものがこの曲にあるのだろうと思うのです。

この曲の作詞は松本隆さん、作曲は織田哲郎さん。

KinKi11枚目のシングル、2001年発売。

2001年といえば、デビュー4年目。

前年の「夏の王様」、2001年5月の「情熱」の間の2月に発売されています。

このころはドラマ出演も多く、これもドラマ主題歌でしたね。

(ま、あちら主演のドラマでしたが)

 

『ずっと君と生きてくんだね♬』

このフレーズが繰り返しでてきます。

『僕に背中には羽根がある。どんな夢も叶う気がする』

というフレーズも。

 

タイトルにもなっている「僕の背中には羽根がある

こんな歌詞を書く松本さんも凄いですが、この曲を成り立たせてしまう光一さんもさすがです。

だって、光一さんでなければ「ギャグ」になりかねないですよ、この歌詞は。

確か、光一さん司会の「ポップジャム」の最終回でもこの曲が歌われましたね、光一さんのソロで。

フライングもありました。

この当時からある種の「思い入れ」はあったのでしょう。

そして、今。

これはある意味、光一さんの実感でもあり、決意表明でもあるのかもしれません。

「感謝」ともいえます。

舞台に立ちたいという思いが実現したことで、「夢は見ない」という光一さんの「夢」が叶い、さらにジャニーさんの「夢」も引き継ぐ、というのが光一さんの今の決意であるなら、2020年の「くじけない」光一さんの奮闘も理解できます。

さらに、後輩くんたちへの助力も。

 

ただ、ファンとしてはその『羽根』を自ら育てたのは光一さんであり、その「羽根」で大空へ飛び立って欲しいと思うのです。

それがファンの夢でもあります。

 

{追記}

こんな記事を見つけました。

「堂本光一」が演出家として行う、「ジャニー喜多川の夢」の引き継ぎとレクイエム

ここで、『生まれはジャニーズ、育ちは帝劇』と言われています。

さらに『実は堂本光一は、ジャニーズ事務所のアイドル・KinKi Kidsとして成功をおさめる一方で、ミュージカル畑を歩み続けてきた唯一無二の人でもあるのだ。』とも。

この記事では「演出家」としての光一さんにフォーカスしていますが、(また、それが事務所の狙いかもしれませんが)やはりファンとしては演出家としてよりも「表現者」としての光一さんが観たいのです。







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